今度は区長プラス区議会選挙の活動開始。
日曜日の午前中から次々とやってくる選挙カー。
せめて「日曜日の午前中からゴメンナサイ」と、
どいつか謝んないかなあと耳を傾けてみたのだけれど。
誰ひとりとして謝らなかったね。煩かったね。
あなた達の名前はがっちりと憶えました。
憶えた人には入れません。煩い順から入れません。
選挙活動って大変なんだろうけれど、
「美しい理想」のみを延々と語れるって、割に良い仕事じゃないかと思う。
飲み屋でクダ巻いてるのと一緒だもの。
聞かされる方は勘弁してよ、というところも一緒だ。
9割が本音で形成されている永遠のガキンチョかっぱとしては、
どいつか一人くらい、
「議員になれないとゴハンが食べられません。
お願いだから票を入れて下さい」
とでも頭を下げてみろよ。そしたら入れてもいいかもよ。
なんて思ってしまう。
不思議だなあ、どうして繰り返される綺麗ごとを聞いて、
票を入れようと思うんだろう?
入れる人がいるから、ああやってお外で活動するわけでしょう?
「もう浮気はしない、おまえだけだ、結婚しよう」
とかを4年ごとに繰り返す(そして約束は守らない)ダメ男に貢ぐバカ女のような気持ちになるわ。
もしくは
「この人は前の人とは違う、きっと私を幸せにしてくれる筈」
と信じるバカ女か。
うーん…それは洒落にならないかもしれない…。
そう考えると、そういうのを、
もしかしたら「希望」というのかもしれないなあ。
せめて希望くらい持たなくては、
せめて理想くらい語らなくては、
やってけないのよ、ということなのかな。
大人ってむつかしいなあー。やだなあーー。