公開以来観るのは2度目。
κが好きなのは、焼けて溶け落ちるセルロイド人形と
その手当てをする部屋があること、
それからナッツの選別をする「栗鼠」がCGじゃないということ。
わざわざ栗鼠に教え込んでやらせたのだそう。
ばかばかしくて、大好き。
「チョコレートを送信できるテレビ」のシーンは
『2001年宇宙の旅』を観てないと、楽しさ半減かもしれない。
だって…「2001年」を凌ぐCGとセンスを駆使して作った映画が
「コレ」ってところがまた、ばかばかしくて、良くて。
(キューブリック監督も草葉の陰で泣くよね。ふふふ。)
地味だけど、お父さんとお母さんの役どころも好き。
特にお父さんの気弱ぶりなんて最高にはまってて、良い。
勿論ジョニー・デップがいなくちゃ話にならないけれど。
ジョニー・デップって凄いや、と思うのは
この映画でワンシーンも「格好いい」と思わせなかったこと。
全部「ずれてる」か「変」か「よわっちい」としか
思わせない顔つきと動き。あのジョニーなのにね。
なのに映画を全部観終わると
「やっぱりジョニー格好いいな、好きだ」
と思わせちゃうところも、ジョニー、憎い奴だよ。
正直、唄のあたりは結構κは退屈しちゃうし
(パクリ方とか上手だなとは思うのだけど何故か退屈、)
あまりにも毒が無い後半あたり、
初期のバートンだったら4人の子供は絶対死んでたと思うし、
それから「父親との和解」とかね、
ほんとバートン監督って大人になっちゃったなあって、
寂しくも感じます。
『ビッグ・フィッシュ』でも『チャーリー』でも
繰り返し描かれる「父親との和解」。
初期バートン監督の中で最強の軸だった
「親も誰もわかってはくれない。誰ともわかちあえない」
という絶対的な寂しさとか孤独は、彼にはもう、無いのでしょう。
『ビッグ・フィッシュ』公開時には
大人になってしまった監督に置いてかれたことがあまりにも寂しくて
(だってバートン監督は永遠のピーター・パンだと思ってたから)
エンドロールで変な風に泣いてしまったものだけど。
これはこれで、ここまで変なセンスを
万人ウケさせられるようになったことは、
とても素晴らしい事だと思います。死ぬまで変でいて欲しい。
それにつけてもウォンカさんと自分の髪形が殆ど一緒であることに気づいたよ。
どうよ「ウォンカさんとお揃い」って。あんまり嬉しくないな。
あと「チャリチョコ」って略すのは、心から止めて欲しいな。