これを聞くのが結構好きだ。
本日はこんな感じ。
ばば「昔、村では殆どの子が尋常小学校3年生くらいまでしか通わなかったんだよ。
みんな、働けるようになると奉公に出されちゃうの。
おばあちゃんは高等小学校まで行ったけれど、行ったのは村で4人しかいなかった」
今じゃ皆、行こうと思えば大学まで行けるけれど、
そんなに行きたい場所ではなくなってるんだよな、どこでそうなっちゃんだろうな。
ばば「卒業する時に、師範学校に行かないかって、奨学金を出してくれる話があったんだよ」
かぱ「行けばよかったのに、そしたらセンセイになるんでしょ。
当時のセンセイって素敵な職業だったんじゃないの?」
(昔の日本映画に出てくる、ブラウスにタイトスカートの女性教師を思い描いている)
ばば「でもいくら奨学金もらっても、寮に入らなきゃいけないしね、お金が足りないから無理だったな、
飢饉もあって苦しい時代だったから」
…飢饉。飢饉。そんな言葉をリアルで聞いたのは初めてかもしれない。
ばば「村ではね、子供を女郎に売るおうちもあったよ」
…女郎! 女郎って。たいへんだよ、我が家でこんな話がきけるとは。
ママン「おばあちゃんのお友達でもいた?」
ばば「いた、いた。ふじちゃんって子で、小学校を卒業する頃にはお女郎屋さんに売られちゃってね。
その子のおうちは9人兄弟だったけれど、お母さんが肺結核で、でもお金が無いからおうちで寝たきりだったからね。」
肺結核。かっぱが嘗ての日本文学でしかお目にかかってないものが衝撃のノンフィクションだ。
ばば「でもふじちゃんは、大きくなっておつとめが終わって、帰ってきたの。」
…おつとめ…おつとめか…
ばば「それで、丁度その頃、村の大きな家の旦那さんがね、奥さんを病気で亡くして、
ふじちゃんはそこに後妻に入ったんだよ」
かぱ「…後妻って言っても、労働力なんだよね…」
ばば「そうそう、家のこととか、子供の世話とかね。
そういえば、ふじちゃんには妹がいたけれど、その人はね、そこの旦那さんの息子さんところにお嫁に入ったなあ」
かぱ「…姉妹で親子んところに嫁ぐのか…」
(ということは、親父の方は相当、親子くらいに歳上だったんだろうなあ)
ばば「結局、妹さんの方は30才ちょっとで、癌で死んじゃった。ふじちゃんは、もうちょっと長生きしたと思うけど」
(…もうちょっとって事は、今はもうご存命ではないのか…)
暫し、ふじちゃんの人生について考えてしまうかっぱであった。
こう聞いていると、横溝正史の世界そのままではないか、あれはもはや一種のリアリズム小説ではないのかという気すらしてくる。
それにしてもこういうタフな青春時代をくぐり抜けて来てるので、
グランマは本当にタフだし根性がある。
その孫である筈のかっぱが、どうしてこうも根性無しなのか、
どこでどう血が間違ってしまったのかは、謎。


売ったり買ったりって意味合いが違うんだ…
自分はカスリーン台風の時に床上浸水被害にあった人と
浅草の凌雲閣を見た人を知っています
何だかもう色々聞きたくなりますよね
2・26事件とか紀元二千六百年祝典とか見てるかも知れないから
今度会ったら聞いてみよう
あまりのリアルぶりに開いた口が塞がらなくなる事、暫し、という事が多いです、
喋ってる本人には至って普通のことらしく、
淡々と喋るところがまた凄味があります。
ちなみに226の当時はおばばは田舎におって東京に居なかったので、
新聞で読んで、村の(特に男の人たち)は大騒ぎだった、とのことでしたよ
東京に居た人にも聞いてみたいー