ディックの本って、ちっとも未来の話に感じられない。
「ジェイムズ・P・クロウ」は人種差別の話だったし、
「世界を我が手に」は、ガラス玉の中で世界を創って遊ぶなんて、
「たまごっち」とか「シムシティ(だっけ?)」を見事に予見していて吃驚だ。
覚えておきたい今回の単語としては
「プレコグ」(予知能力者)がある。
多分、こう、
ガンダムの世界においての「ミノフスキー粒子」みたいなもので、
(ここでガンダムを引き合いに出すのもどうかと思うけど)
SFファンからしたらば「そんなもの、当然でしょ」という初心者アイテムな単語なのだろう。
でも嬉しいから、暫く使うのだ。プレコグ、プレコグ。
因にプレコグって、
年が若いのによぼよぼに老いているという設定。
ここいらへん、『AKIRA』って、ディックの影響を受けているのかな、と思った。
よぼよぼの子供達が予見する未来。
表題にもなっている「マイノリティ・リポート」はトム・クルーズ主演で映画化されてるけれど、
未見なので、見てみようっと。
ちなみに最後の短編「追憶売ります」は、
「トータル・リコール」としてシュワルツネッガー主演で映画化されてる。
こっちは観たけど、基本設定をふくらましてアクション映画にしたんだな、という印象でした。
さてκ、あんまりSF短編って読んだ事なくて、
これがディックの持ち味なのか、それともSF短編がこういうものなのかがわからないのだけど、
SF短編って、落語に似てると思う。
最後にくるっとひっくり返すどんでん返しとか、オチの付け方とか。
ああ、でも考えてみれば、ミステリーの短編もそういうものだっけ。
SF短編、ミステリー短編、落語。
総じて言うと、「短くて、話の流れが洗練されており、ちょっと皮肉で、最後に落とす」ものたち。
そういうものを、更に暴力的に総じて言うと、
「既に古典」
という事なんだろうな。一種の。
前線のものじゃない、という感じがするのだった。
決してそれが悪いということではなく、κは、そういうの、割と好きなんだけれど。
今ってもっと、笑いとか驚きの傾向が違うと思う。
まさにシュールレアリズム以前/以後って奴か?
意味もわからずに言ってみただけなのだった。ごめんなさい。


SF短編といったら星新一と筒井やすたかくらいしか思い浮かばない。。。最近出版された「星新一 一〇〇一話をつくった人」が気になる今日この頃(星新一についてかかれた本だけども)
以前いいともでタモサンが「知人に『アルジャーノンに花束を』を面白いSF小説だよって勧められた」って言ってたのを見て、あぁ確かにSFかもねぇと妙に納得してしまったです。
何だかんだ言って私も古典好きだしな(笑)ミステリーばっかし読んでるけども吹雪の山荘とか孤島とか、クローズド・サークルがくると興奮しますもの。
「トータルリコール」一応、原作ってことになるみたいです。ただ「殆ど全く別のもの」です。
「アンドロイド電気羊」は名作。映画化した「ブレードランナー」も全くベツモノだけれど、こちらも名作。お勧めです。
星新一は「ブランコの向こう」?タイトル違う?
それくらいしか読んだことないなあ、
筒井康隆は、凄くマゾヒスティックなヤクザさんの話と、時を繰り返す女の子の話は読んだと思います。面白かったのだけど、タイトルが思い出せない。何だったっけなあ。
そうか、「アルジャーノン」をSFと括るか。
かなり暴力的な括りだけども、確かに一種のSFかもしれない、、、
でもそれを認めてしまうと、
「安部公房はSF作家」みたいなところまで行ってしまいそうな気持ちになります。
どちらかと言うと、「あの物識りなタモリがアルジャーノンを知らない」という事の方に驚きました。