1,000円で観られるので、うれしいので、
飯田橋ギンレイホールに行く。
大好きな監督フランソワ・オゾンの「僕を葬る」。
末期ガンで余命3ヶ月と診断された31歳の人間が、
最期までをどう生きるか? という話なのは知っていたけれど、
彼が同性愛者だとは知らなかったので、
ちょっと驚く。
男の子同士のセックスにこんなにどきどきしてしまったのは初めてだ。
けっしてゲイの存在に驚いているわけでもなんでもなくて、
すごーく、体が綺麗だったのだ。
そしてエロかったのだ。からだが。
俳優の二人ともが。
前前作「スイミング・プール」でも、
スカーレット・ヨハンソンのあまりにもすばらしいバディに
「女の子の体にこんなにどきどきする私って変態かも。」と思うほどだったけれども、
きっとこの監督が、人間の体の綺麗さ、エロさを表現するのが上手なんだろうなあ、、と納得する。
細くて、でも筋肉質で、
肩とか背中とかおしりとか足とか、
あんまり綺麗でくらくらした。
お話は、
「人間は生まれてくるときもひとりで、
死ぬときもひとりで、
死に向かい合うときも、たぶん、ひとりなのだ」という話で、
よかったけれど、
オゾン監督にしてはゆるい気がした。
さて、
ギンレイホールは名画座なので、二本立てである。
せっかく来たし、二本観ても料金は同じだし、と思って、
二本目も観ることにする。
「ブロークバック・マウンテン」。
内容も全く知らずに見始める。
アメリカの60年代、
まだカウボーイがいっぱいいた時代で、
綺麗な山の中で羊を追って、羊が海のようにいっぱいいて、
すごいな、綺麗だな、、と思っていたらば、
これまた同性愛の話であった。
しかも「僕を葬る」における同性愛があくまでも
「主人公が同性愛者」という副題であったのに対し、
今回は思い切り、
男の子同士ですき合うことで不幸になっていくカウボーイ二人の話なのだ。
結構、どころかとっても、
重くてかなしい話だ。
これには本当に「どひゃー」と驚いてしまいました。
今日はそういう括りの日だったのか。知らなかった。
どことなく文芸作品の香りがする、
淡々としつつも暗くて、ちょっと救いがない感じの話だった。
そんなに好きで、お金もあるなら、
二人で手に手をとって、外国にでも逃げてしまえばいいじゃあないかよう、と何度も思った。
でも、そういうわけにはいかないことっていっぱいあって、
「そういうわけにはいかない」と躊躇って、
自分も周囲も不幸になってしまう話だった。
でも何となく、男の子同士で好きになる感じってわかるなあと思った、
だって対等っぽくて楽しそうだったから。
女連れだと、山の中なんて連れて行けない訳だし。
ワイルドに楽しく、対等に、生きて行けるわけでしょう。
その感じがとても自然に描かれてて、
よけいにせつなかった。
一所懸命4時間みたら、
足はむくむし、貧血は起こすし、ふらふらになって帰る。
帰ってぼそぼそとごはんを食べて、
倒れるようにして眠る。
10年前もそうで、もう平気かと思っていたけれど、
やっぱりかっぱは一日に映画は一本しか観られないや。
最初に観た方を忘れるか、二本が混ざるか、倒れるかしてしまう。
名画座は無理っぽい人生だ。仕方がない。

