昨日は新宿のアジア横町(だったかな?)、
アジア料理の屋台が何軒か並んでいるところでゴハンを食べた。
写真の「モモ」っていうネパールの餃子は、
中はお肉で、外は辛いトマトソースみたいなので美味。
マハラジャビールはさっぱりと、タイのシンハービールみたいに軽い。
かりかりに焼いた薄いピザみたいなのに辛いサラダを乗せたやつの名前がどうしても覚えられなくて、
「マサルパパ」みたいな名前なんだけれど、
どうしても「マサルパパ」としか覚えられなかった。
さて、そこでの話題として、
「海外でのオタク旋風」の話になったのだけれど、
「フランスのオタクは綾波レイを彼女にしたいわけじゃない」
という話をきいて、みんなで驚愕する。
それはオタクじゃないだろう、只のアニメ好きだろう、
オタクというのは、綾波が好きで綾波に恋して綾波と寝たくて、
というか綾波が好きすぎて、ぐるっと一周しちゃって、
他のキャラとはエッチな事も考えるが、綾波については考えない、とか、
それくらいじゃなきゃ駄目だろう。
と、皆でジャパニーズ・オタク魂について熱く語る。
そこでかっぱははっと気付いたのだ、
よく黒人が「ブルーズは俺達の音楽だ」と言ったり、
「やっぱりロックはアメリカだ」「いやイギリスだ」みたいな話になること、
どうしても日本のロックもパンクもラップも「借り物」な感じがすること、
そういう、所謂「元々のソウル」みたいなものについて。
これか、これが
「俺達の文化だ、俺達の生活から生まれて来たんだ、
どんなに頑張っても、よそのものはよそのものだ」と
(例えその本人が音楽や文化をやってなくても)誇る「あれ」なのかと。
かっぱは決して綾波に恋してるわけでもないけれど、
その気持ちの成り立ち方とかは理解できる。
どんなにフランスのオタクがアニメが好きでも理解できないものを、
良しにつけ悪しにつけ、
言葉じゃなくて、実感として理解できてしまう。
(フランスでも本当に少数で理解しちゃってる人はいるようだけれど。)
これが「本場」っていう奴なのかと。
今まで、「本場って言われても、、」と、何か凄くもやもやしてたものが、
ものすごく納得できたのだった。
まあ、それが「これ」ってところが、凄いのだけれど。

